浜松城 [城]
2012年1月14日(土)
静岡県浜松市。
遠江の国、浜松城。
1570年今川氏から遠江を奪った徳川家康公は、
三河に近く天竜川を防衛線とできる浜松に目をつけ本拠にした。
この浜松城から幾多の合戦に出陣したが、
三方ヶ原の戦いで武田信玄に敗れた家康公が逃げ戻り、
九死に一生を得たのも浜松城。
29歳から45歳まで17年間、脂の乗り切った時期の居城。
駿府城、掛川城と2つのお城に行ったあとに浜松城へ。
この間、takechanさんが訪問されていたのを読んで、来たくなったんですよね。
takechanさんの浜松城訪問の記事 → コチラ
浜松駅から結構距離があり、20分近く歩いて到着。
登り始めると、荒々しい石垣が目に飛び込んできた。

おっと、ここにも家康公。
今日はよくお会いしますね。
その丸いのなんですか、何を持ってるんデスか。

それにしても、このゴツゴツ感すごいな。
よく崩れないもんだ。
と感心しながら歩いていたら天守が見えてきた。

史実には基づかない復興された模擬天守。
徳川幕府が確立したあとは、次々と譜代大名が入れ替わり
二十二人の城主の半数以上が、浜松在城中に
老中、大阪城代、京都所司代など幕府要職に取立てられる。
いわゆる徳川幕府における『出世城』。
そんな重要なお城だから、復興模擬天守だけど、あってもいいっス。

天守閣の中に入り見学。
天守地下には井戸があった。珍しいもんだ。
これ見ると、五右衛門風呂みたい・・・

帰りは違う道を下る。
とはいっても、コチラもすごいゴツゴツ感。
戦国武将が造ったお城、といった香りがプンプン漂う。

お城の裏にある日本庭園を歩く。
こちらは日が陰ってきて、
ちょっと寂れた感じがいとおかし。。。

鎧掛松の3代目。
ちっちゃかったデス。

若き徳川家康公が、29歳から45歳まで在城。
周辺諸国の名家、強大な戦国大名に囲まれながらも
戦い生き延び、天下取りの夢をつかんだ場所、浜松城。
質実剛健を形にしたような荒々しい石垣が印象的でした。
掛川城(日本100名城) [城]
2012年1月14日(土)
静岡県掛川市。
遠江の国、掛川城。
新幹線で掛川駅を通り過ぎるときに、小さいながらも気品のある天守閣が見える。
見に行きたいな、と新幹線に乗るたびに思っていたけれど、今日やっと来ることができました。
平成六年に、山内一豊が掛川城を模して築いたという高知城を参考に、創建当時の天守が復元。
木造で復元されたその姿を見て、各地で木造再建ブームが起きたらしい。

掛川駅からまっすぐに歩いて10分かからず到着。
青空をバックにいい感じだなぁ、と思いながら階段を上がっていく。

だんだんと近づいていくが、代わり映えのしない景色。
うーん、もしかすると遠くから眺めるのがいいのかもな。

と思ってお城を眺めていたら、
後ろから曲者が現れる。
ビックリさせないでくだないよ・・・
太鼓櫓をバックにパシャリ。

掛川には今川氏の重臣朝比奈氏が城を構えていたが、徳川家康公がこれを攻略。
1590年に家康公が関東に移封されると、豊臣秀吉公の家臣・山内一豊が入城し、
近世城郭に改修、天守閣も造られた。家康公を関東に封じ込めておくための策の一つ。
山内一豊築城で有名なので、帰ってから司馬遼太郎先生の『功名が辻』を
読み返しているけど、掛川六万石の章にも掛川城のことが、これぽっちも載ってないっス。
まあいいや、千代が面白いから、もう1回読み直そうと思った次第。
関が原の戦いの際に、家康公に掛川城を明け渡すことを申し出たことが功績となり、
土佐一国の太守となって転封していく。その後は、中小譜代大名がめまぐるしく代わり明治を迎える。
標高40mの独立した丘陵に築かれた天守閣へ登る途中、二の丸御殿を望む。
1861年に再建された現存の御殿。
城郭御殿としては、全国に4つしかない現存御殿の一つ。
天守閣にたどり着き、復元された天守閣内部を見学。
小さいのですぐに最上階まで登れる。
上からみた、これまた現存の太鼓櫓。
違うところから移築されたので、
下の石垣と建物がシックリきていないのはご愛嬌。
天守の後はもう一つのメイン、二の丸御殿へ。
書院造と呼ばれる建築様式。
と言われもよく分かりませんが、床下がなんかイイ感じです。

うん。やっぱりな。
アチラは遠くから見たほうがいいや。

御殿入り口にて、100名城スタンプを押す。
御殿の中は畳を敷き詰めた多くの部屋が連なる。
各部屋はふすまによって仕切られているが、今日はフルオープン。
寒いけど、日が注ぐ畳に座ると、ポカポカといい気持ち。


いろんな用途の部屋が約20もある。
こちらは御書院上の間、城主の対面所。
質素な造りだけど、凛とした空気が満ちている。
櫓や天守もいいけど、こういう御殿もいいもんだ。
日常の営みはこちらの方がメインだからな。

おっと。
やっぱり遠くから眺める方がいい。。。

山内一豊築城と伝わる掛川城。
貴族的な外観の天守閣は、東海道の名城としてその美しさが伝えられた。
木造で復元された今の天守閣も、気品ある姿で青空に映えていました。
遠くから眺めると、サイコーに絵になる天守閣。
現存の二の丸御殿も気持ちよかった。
来て、見て、とっても良かった。大好きなお城になりました。
駿府城(日本100名城) [城]
2012年1月14日(土曜日)
静岡県静岡市の駿府城。
いわゆる 『大御所の城』。
明治に改称されるまでは、
静岡市は駿府(駿河府中)と呼ばれていた。
駿河の国の守護今川氏の居館があった駿府。
徳川家康公が19歳までの12年間人質として過ごす。
そういえば、巽櫓の中に家康公が押し込められた小部屋、
というか勉強部屋みたいなのが再現されていた。
天下人徳川家康公が臥薪嘗胆の日々を送った地。
その後江戸幕府を開いた徳川家康公は、
駿府を隠居の地と定め『大御所』と称し有力外様大名に命じ
16707年天下普請でお城を築かせた。
幼少のつらい思い出があっても、終の棲家と決めたからには、
やっぱりココ静岡はいろんな意味でいい土地なんだろうな。
それがし昨日東京で御用だったので、
今日はお城を見ながら大阪へ戻ることにする。
朝6:30過ぎのこだまに乗り、8:00前に静岡到着。
静岡駅から歩いて10分もたたずに駿府城。
時間があるのでお堀の周りを一周することに。
御用帰りなので、革靴にスーツという窮屈な格好だけど、
平城なんで大丈夫。普通に散歩している会社員の様子。
築城名人藤堂高虎による三重の水堀に囲まれた輪郭式縄張り、
と伝えられるが、今残っているお堀は真ん中の中堀(二の丸堀)くらい。
その二の丸のお堀をぐるっと一周散策。

ほぼ正方形の縄張り。
いろんなお城を周っていて思うけど、
こういうカチッとした正方形の縄張りは、分かりやすくて回りやすいですね。
それにしても大きい、かなり歩いた、朝から疲れました。
平成21年の地震で崩落した部分も直っていました。
よかった、よかった。
ちょうど、光が当たっている部分が復旧したところ。

約30分強歩いて一周。
やっと復元巽櫓の前まできたっス。
ココには、東海道中膝栗毛の弥次さん喜多さんの像。
楽しそうな道中を感じさせるとってもイイ表情。

復元された巽櫓と東御門。
これだけの縄張り・歴史もあるお城なら、
後世の人は何か復元したくなるんデスよね。
こういう復元なら大歓迎ですが、お金かかってるんだろうな。
御門と櫓の中も見学しましたが、いい木材を使ってそうな感じでした。

周りをぐるっと歩いたし、
それがしも城内へ入ることにするか。
といっても、公園なので誰でもいつでも入れるけど。
復元された東御門から城内へ。
たのもう~。

門をくぐったら、きれいな枡形。
誰もいない。静寂な空間。
青空に映える白壁を見ていると、タイムスリップしたよう。
おサムライさんになった気分になってくる。

駿府城内部、といっても今は駿府公園をウロウロ。
こういうものは初めて見る。二の丸水路。
本丸堀(といっても今は埋め立てられてほとんどない)の水位を
一定に保つもので、二の丸堀とつながっている。
なぜか、クネクネクネクネと4回も折れ曲がっている。

公園の中央には、辺りを睥睨するように家康公が立っている。
『 E 』 立ち姿。
かっこいいですね。

家康公お手植えの蜜柑などを見ながら、
天守閣跡という案内に誘われていくが、何も痕跡がなかった。
明治維新後、歩兵連隊が置かれたため、天守台とか本丸堀とかが破壊されたらしい。
かつては、六重七階の天守があり、それを支える天守台があったであろう付近をウロウロ。
東御門に戻り、100名城スタンプを無事にゲット。
復元東御門と復元巽櫓の内部を見学させてもらう。
入り口で家康公がお出迎え。 まいど。

中にはいろんな資料があり勉強になりました。
当時のお城の模型図やら、天守閣の模型やら。
外は復元したけど中はお金かかってない、
というのではなく、中もしっかりお金かけてますよ、という感じ。
とっても気持ちよく見学させていただきました。

家康公から将軍職以外のすべて、家臣・領土・駿府城を譲られた10男頼宣。
頼宣が将軍家ににらまれ和歌山転封になると、その後秀忠の三男忠長が入る。
しかしこれまた将軍への対抗心をあらわにしたため、改易されてしまう。
その後は、大御所の城というカリスマをバックにした殿さま出現を嫌ったためか、
幕府直轄となり幕末までに城代が管理し、その数は42人に及んだらしい。
見るべき遺構はほとんどないけれど。
なんといっても、大御所の城ですから。
意見など控えおろう、
というオーラを感じてしまったお城でした。
プチ遠出 [日々のこと]
2012年1月8日(日)
どうやら今日は天気がいい。
いつも車で出かけちゃうけど、たまには電車で出かけようよ。
じゃあ、学問の神様太宰府天満宮までお参りに行っとくか。
ということで。
10時に家の前のバス亭から西鉄バスに乗り込む。
チビたちは路線バスにもあまり乗ったことがない。
どうやって乗ったらいいのかよく分からないらしい。
そうか、いつも車でばかり動いているからな。
そりゃクマルわな。。。 もとい。困るわな。
整理券をとって、料金表の見方を教え、バスに乗るハウツーを伝授。
天神コア前で降り、西鉄天神駅にて電車に乗り換え。
ここでも切符の買い方やら、電車に乗るハウツーを教える。
二日市で単線に乗り換え、太宰府駅へ到着、11時前。
ここまでで約1時間、大人片道640円也。
大人3人、子供2人料金だと・・・
うん、車の方がよっぽど安い上がりだな、と再確認。
でも、何事も経験だから、まっいいか。
受験シーズン前の太宰府天満宮はものすごい人。
来週はセンター試験だし、ここまでくると神頼みかな。
駅を降りて参道をゾロゾロ歩く。

境内に入り、心字池にかかる3つの橋を渡り、
心静かにやっとたどり着いた楼門。

天気がいいので、今日は寒くない。
しっかりと並んでお参り。頭が良くなりますように。。。

来た道を戻り、再び電車へ乗り込む。
太宰府駅から天神駅へ。
行きよりも帰りの方が人が多い満員電車。
チビたちは、いい経験ができた様子。
明日書く冬休みの作文に満員電車を書く、と言ってたから。
天神に着き、久しぶりにウロウロ。
昼飯を食べようと、新天町へ好きだったラーメン屋にたどり着く。
なんと、12/25で閉店となっていた。寂しかったデス。
しょうがないので、益正でオムライスカレー@390を食べる。
天神をフラついた後は、地下鉄に乗り込み西新駅へ。
蜂楽饅頭をおやつに食べて、
西新商店街を抜け16:00前にやっと家にたどり着く。
疲れたけど、よく歩いた1日だったなあ。
車じゃなくても、電車やバスの旅もいいもんだ。
と、家族5人で出かけたプチ遠出の1日でした。
おまけ。
家で夕飯を食べた後は自転車に乗って、
それがしと嫁さん2人は、映画を見に行く。
ホークスタウンへ向かう途中の夜の福岡タワー。
福岡のパワースポット。
もとい。タワースポットですね。

映画を見終わり外に出たら雨。
雨が止むのを待っとレイン
かったので、濡れて帰った次第デス。
今年も酔いお年を [日々のこと]
2012年1月1日(日)
昨日は大晦日だったのに、
訳あり、思うところあり、飲んでないス。
酔ってない大晦日は初めてだったかも。
チビたちにビックリされてしまった。
一日経って本日、2012年元旦。
明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いいたします。
ということで、初飲み。
今年は、黒島美人で初めました。

いい気持ちで酔っていたら。
嫁さんも飲み出してきた。
どうやら血中アルコール濃度が低下したので。
曰く。
『 早く輸血しなきゃ 』
と、出してきたモノ。
なんね、ソレは?

3L箱ワインの中身。
真空パックだから酸化せずに最後まで飲める。
といっても、この姿は確かに輸血のよう。
ポタポタと最後の一滴までも大切に。

皆さまにとって、今年も良い年でありますように。
それがしにとっては、今年も酔い年なんだろうな。。。
うえすたん [日々のこと]
2011年12月17日(土)
チビの誕生日が近くだったので、
お昼にステーキを食べることに。
というか、1回ココに行ってみたかったので、
理由をつけて行ってみることにする。
西新商店街を通るたびに気になっていた。
うえすたん西新店。

お店の中は開拓時代の古い趣き。
店員さんはテンガロンハットで接客。
お肉の量はオンス単位。
オンスとかポンドなんて、プロレス中継でしか聞いたことない。
こんな重さだったんだ、知らなかった。

8オンスの肉。
赤い肉なのに、とっても柔らかかった。
うまく熟成させているんだな。

安いのに美味しく、大満足。
ココにはまた行こう、と思ったので、
この備忘録に書いておいた次第。
完結 『密命』 [時代小説]
2011年12月16日(金)
いつも楽しみに読んでいる時代小説。
佐伯泰英先生の『密命』。
なんと! この26巻にてとうとう完結。。。
藤沢周平先生の『よろずや平四郎活人剣』と『用心棒日月抄』がそれがし大好きな時代小説。
その藤沢周平先生の用心棒にインスピレーションを受けて書いた、という佐伯先生の本に出会い、
今ではすっかり佐伯ワールドの住人に。
そういえば、佐伯先生の『密命』の直筆サイン本も持ってますよ。
『密命』の最終巻をさっき読み終わった。
前巻で、天下第一の剣者となった息子清之助に敗れた金杉惣三郎。
これからどのような道をたどるのか、物語はどう結末に向かっていくのか、
とっても気になり、心配だった。
尻切れトンボで終わったりしたらどうしようと思っていたんですが。
意外とあるんですよね、終わり方がイマイチなのが。
いやー、すごい面白かったデス。
金杉惣三郎はこんなにも家族を愛していたんだ。これまでは家族を守るための行動だったのか。
清之助にその気持ちが伝わってよかったな、と感動。
今まで読んできたけど、考えられた伏線とはまったく思えない。
けれども物語に破綻なく、今までの活劇を楽しみつつ、最後に読者の心を揺さぶるなんて。
なんとも、本当に素晴らしいデス。イイもの読んできた。また読み返そうっ。
さすが文庫書き下ろし、という分野を切り開いたドンキホーテ。
サラリーマンのつかの間のウサを晴らしてくれる最高のエンターテイメント。
まだまだ活躍を期待してマス!
他のシリーズもよろしくお願いしマス!
一ファンよりのエールでした。。。
塚田農場 [ビール]
2011年12月13日(火)
いつも酔い気分のそれがし。
どこのお店で呑んだとかはどうでもよくなる。
でも、このお店のことは記事にしことう。
以前カンブリア宮殿を見ていたらでていたお店、塚田農場。
宮崎地鶏を使い、生産者にも飲む人にも優しいお店、らしい。
一回行ってみたいな、とTVを見ながら思っていた。
そのときの番組 → カンブリア宮殿
この間、酔いながら歩いて帰る途中に、お初天神近くで発見。
じゃあ飲みに行くかとネットで調べたら、もっと近くにお店があり、
このごろ大阪にも進出しました、と書いてある。
ということで、東通り商店街にある塚田農場へ偵察。
雰囲気のいい、活気のあるお店。
かんぱーい、と同時に出てくるキャベツとキュウリ。
特製の味噌につけて食べる。
これが一番美味しかった。もう一回オカワリ。

地鶏の炭火焼。
ウマいっス。
チキンだけにキチンと食べました。

トリのタタキ。
これもよかったっス。

うん、なかなかイイお店だな。
味や値段だけなら、もっとCP高いお店が大阪にも福岡にもある。
TVで見たときはスゴイと思ったけど、味・値段にそこまでの感動はなかったス。
でも、サービスというか、気にかけてくれ具合がハンパじゃない。
見目麗しいバイトさんに話しかけられたおじさん2人は、ココにはまた来るか、と思ってしまった。
最後にくれる名刺も気持ちをくすぐる。
それがし主任の名刺をもらいました。通えば通うほど昇進していく。
どうやら成り上がりの最終は、会長までいくらしい。
TVで見たけど、実際体験すると、こういうサービスは楽しいもんだ。
やっぱりサービスって大事なんだな、と思った次第。。。
真田幸村終焉の地 [日々のこと]
2011年12月4日(日)
この間、9月に信濃のお城をまわった。
上田城や松代城といった真田氏のお城は楽しかった。
池波正太郎先生の『真田太平記』を読んで、真田ファンになったんで。
帰って再び真田太平記を読んだけど、やっぱり面白い。
そんななか、いつも拝見しているたかぼんさんの
サブブログでこの間紹介されていた場所。
これは行かなきゃ → この記事(真田ファン必見っス)
真田幸村終焉の地、安居神社。
それがしも気になったので行って来ました。
単身赴任のアジトから意外と近いのね。


真田太平記では第十一巻が大阪夏の陣。
安居天神西側の崖下で愛馬月影が息絶える。
西側といえば、このあたりかな。

槍を杖にして、安居天神の境内に入って行った幸村。
そこにはなんと、向井佐平次が息絶えていた。
『 佐平次。死ぬる場所も、一つになったのう 』
というところで物語は完結でもよかったんじゃないのかな。
それがしも階段を上り安居神社境内へ。
お参りをしたあとは、境内をウロウロ。

真田幸村戦死之碑の隣に真田幸村公之像がご鎮座。
この地でなくなったのか、と思わず合掌。

真田日本一の兵。
と称され四十九年の生涯を駆け抜けた真田幸村。
徳川の敵として、最後まで戦った姿は清清しい。
真田ファンとして、行ってみてよかった場所でした。
麻田陣屋 [城]
2011年12月3日(土)
摂津の国、麻田陣屋。
大阪府豊中市、阪急蛍池駅すぐ。
1615年、豊臣家旧臣の青木一重が、
大阪夏の陣後に徳川家康公に仕えることに。
かつて徳川の家来だったから元に戻ったらしい。
1万石を与えられ、麻田に陣屋を築き、明治まで続く。
今日は、伊丹空港まで行く野暮用がある。
阪急からモノレールに乗り換えるので、
乗り換え駅の蛍池駅で降りてちょっと探すことに。
駅前の大きなショッピングモールの裏、
今は公民館みたいな建物の前に碑だけが残る。

麻田藩陣屋とは、の説明書き。

青木氏がどんな大名はか知らないけど、
明治までずっと続いたというのはすごいことだな。
それにしても、こんなところにも陣屋があったんだ。
誰も知らないだろうな。それがしも城と陣屋の本を読んでなければ、
来なかっただろうな、と思いながら伊丹空港へ向かった次第。






















